どーも、捌零式(はちぜろしき)です。ハロにちわ〜。
今日は、ここ最近で一番「は?」となった出来事について書こうと思います。
タイトルの通り、Instagramのアカウントが何度もBANされ、ついにはMetaアカウントセンターに紐づいていたFacebookアカウントまで一緒にBANされた話です。
そもそもの話、facebookは10何年前から継続していて、最近Instagramばかりでfacebookはほとんど更新していなかった。
Instagramも何年も続けていて特別に何か目新しい事をしたわけでもなく、いつも通り数日から数週間ペースの更新。
過激な表現もなければ、誹謗中傷もなく、エロでも暴力でもない。
それなのに、ある日突然アカウントが消され、理由も説明されず、「はい、あなたはここまでです」と言われる。
正直に言います。
マジで意味がわからない。
ただ、ここで終わらせるのも悔しいので、
「何が悪いのかわからないままアカウントを失う」という体験と、
それをきっかけに“アルゴリズムに人生を握られないための基地としてブログを育てよう”と思った話を、ひとつの記録として残しておきます。
第1章:Instagram、気づいたらまたアカウント停止
最初にInstagramのアカウントを作ったとき、正直そんなに大きな野望はありませんでした。
「なんかコジャレ感出したいな」くらいの、ほんとにライトな気持ちです。
- 日常の写真
- たわいもない一文
- 特に尖った要素のない、普通のポスト
それなのに、ある日アプリを開くと、見慣れない画面が出ていました。
「あなたのアカウントはコミュニティガイドラインに違反したため停止されました。」
え? 何が? いつ? どの投稿が?
当然ながら、それらしい説明はどこにも書いてありません。
異議申し立てボタンは一応ある。
クリックすると、よくあるフォームが表示されて、「心当たりのある場合は〜」みたいな文言が並んでいる。
心当たり、ゼロです。
それでも一応、あれこれ送信しました。
戻ってきたのは、うろ覚えですがテンプレートのような文章。
「アカウントの確認を行いましたが、アカウントは完全に停止しました。」みたいな内容。
…ここまで人間味のないコミュニケーションある? ってくらいの塩対応です。
しかも「確認したけど内容が改善されてない」みたいな一文もあり、ログインできない&停止理由もわからない状態で何を改善できるのか、、、本当にわからない。
第2章:3回目のBANと、巻き添えを食らったFacebook
「もしかしたら設定が悪かったのかもしれない」と自分を納得させて、
もう一度、新しくアカウントを作りました。
プロフィールは空欄
投稿は3件。
フォローは友人1人。
怪しいリンクどころか内容はほぼ何もない。
それでも、また数日後に同じ通知。
「あなたのアカウントは停止されました。」
二度あることは三度ある、なんて言いますが、
正直「三度目」が来る頃には、笑えなくなっていました。
そして追い打ちをかけるように、Metaアカウントセンターで紐づいていたFacebookアカウントまでBANされます。
Instagramだけじゃなく、Facebookまで巻き添え。
しかも理由は相変わらず教えてくれない。
「あなたのアカウントはコミュニティ規定に違反しました。」
いや、なんの?マジでなんの規定に違反したの?
しかも異議申し立てにはInstagramにログインして下さいと書いてある。どうやって?一方的に停止されたんですけど。
てな感じで、はい終了。
こちらから一切の情報は見えないのに、向こうから一方的に人間扱いをやめられる感覚。
言い方は悪いですが、これはもう『プラットフォーム都合のデジタル処刑』です。
第3章:AIとアルゴリズムによる「無言の有罪判決」
もちろん、僕はInstagramの中の人ではないので、
「内部的に何が起きているか」を知っているわけではありません。
ただ、ここ数年の流れや各種の話を総合すると、
InstagramやFacebookのようなサービスは、
- 新規アカウントに対して非常に厳しいフィルタリングをかけている
- スパムやボットの判定をほぼAIに任せている
- 人間のモデレーターが一件ずつ丁寧に見ることはほぼない
という状況にあるのはほぼ間違いないだろうと感じます。
・短期間にアカウントを作り直したこと
・同じ端末や回線から複数アカウントを発行したこと
・MetaアカウントセンターでInstagramとFacebookを紐づけていたこと
このあたりの条件が重なった結果、
「スパムの疑いあり」と判定され、
AIが「はい、アウト」と判断した可能性は高いと思っています。
つまり、
何を投稿したかではなく、「どんな振る舞いに見えたか」で有罪になったということです。
もっと言うと、
「人間の意図」ではなく「アルゴリズム的なパターン」が判定の基準になっている。
これはもう、完全に「AI裁判」です。
こちらには弁護士もいなければ、法廷もない。
判決だけが一方的に下され、その理由は知らされない。
異議を申し立てても、再審すら行われない。
正直、笑えないSFというか、現代のディストピア感すら覚えました。
第4章:「何が悪いかわからない」のが一番しんどい
僕が一番しんどかったのは、
「自分が何を間違えたのかがわからない」ということです。
もし仮に、
- 著作権のある画像をうっかり使っていた
- 規約で禁止されている表現を書いていた
- 知らずにNGワードを含んでいた
こういう明確なミスがあったなら、まだ納得できます。
「ああ、そこがいけなかったのか」と反省もしやすいし、対策も立てやすい。
でも、今回のBANはそうじゃない。
・投稿内容には問題が見当たらない
・規約違反らしい要素も身に覚えがない
・それなのに、アカウントは消される
つまり、「改善のしようがない」状態で罰だけが下されているわけです。
仮に改善の余地があったとしても個別具体的な理由を知れないので結局は「改善のしようがない。」
これは本当に精神的にダメージが大きい。
怒りというより、無力感。
この数年、10数年が理由もわからず一瞬で無に帰す。呆然。
何かを間違えたなら直せばいい。
でも、何が悪いのかすら教えてもらえないのでは、直しようがない。
それでもアカウントだけは容赦なく削除される。
これはもう、誰がどう見ても健全な状態とは言えないと思います。
第5章:無料SNSに「大事な部分」を預ける怖さ
今回の件をきっかけに、改めて強く感じたことがあります。
「無料のSNSに、自分の発信や人とのつながりを全部預けるのはやっぱり危険だ。」
InstagramもFacebookも、無料です。
無料だからこそ、多くの人がそこに集まり、日々の出来事を共有し、仕事の告知をし、ブランドを育てています。
でも、その前提にあるルールはシンプルです。
「すべての主導権はプラットフォーム側にあり、ユーザーはいつでも、理由なく、アクセスを失う可能性がある。」
利用規約にも、だいたい似たようなことが書いてあります。
「当社はアカウントをいつでも削除・停止する権利があります」と。
ニコニコ笑顔のかわいいUIの裏側には、
けっこう冷徹な現実が横たわっているわけです。
もちろん、プラットフォームを運営する側にも事情があります。
スパムや詐欺アカウント、犯罪利用のリスクを減らすためには、ある程度AIによる一括判定も必要でしょう。
でも、今回のように「何が悪いかわからないまま、静かに排除される一般ユーザー」が出てくると、
それはもう構造の問題だと言わざるを得ません。
そして、ここが一番怖いポイントです。
「僕のように、ある日突然InstagramとFacebookから『消される』人は、これからも確実に増えていくだろう。
しかも、その多くは理由を知らされないまま。」
第6章:それでもSNSは必要、だからこそ「ブログ」を育てる
ここまで書いておいて何ですが、
僕は「もうInstagramはいらない」「SNSなんて全部やめろ」と言いたいわけではありません。
SNSにはSNSの強みがあります。
- 拡散力がある
- 偶然の出会いがある
- リアルタイム性がある
これらはブログ単体ではなかなか代替しにくい要素です。
だからこそ、今回の出来事を通じて僕が思ったのは、
「SNSは“借り物の部屋”、ブログは“自分の家”だ」ということ。
Instagramのアカウントは、再度作り直しました。
Facebookは、、、もういいかな。全く更新してなかったし。
でも、Instagramはまた同じように理由もなく消される可能性もある。
そこに大事な部分を全部突っ込むのは、やっぱりリスクが高すぎる。
だからこそ、「何が悪いかわからないまま消される場所」より、「自分でルールを決められる場所」を育てたいと思いました。
それが、僕にとってはブログです。
第7章:「何が悪いかわからない」世界で育てるブログ
InstagramやFacebookとは違って、ブログ(自分のドメイン+サーバー)には、こんな特徴があります。
- 自分の発信を自分で管理できる
- 突然アカウント停止、というリスクが極端に少ない
- 書いた記事が消されるかどうかは、基本的に自分と法律だけの問題
- アルゴリズム次第で「存在ごと消される」ということはほぼない
もちろん、ブログにも弱点はあります。
- 最初は誰にも読まれない
- 育つまで時間がかかる
- SNSのような即効性はない
それでも僕は、今回の件をきっかけに、はっきりと決めました。
「理由も知らされないまま消される場所」に怯えるより、
「自分で積み上げていける場所」を時間をかけて育てる。
Instagramから追い出されても、Facebookから消されても、
ブログがあれば、発信は続けられます。
ブログがあれば、
- 今日の経験を長文で残せる
- 後から読み返して、自分の考えの変化を確認できる
- 誰かが検索からふと辿り着いてくれる可能性がある
そう考えると、
「何が悪いかわからないままBANされる世界」に対する、ひとつの抵抗手段としてブログを育てるのは、かなり健全な選択なのかもしれないと思っています。
第8章:これからSNSとどう付き合うか
じゃあ、InstagramもFacebookも完全にやめて、ブログだけやるのか?
と言われると、それもまた極端な話です。
現実的には、
- SNS:人が集まる場所。出会いと拡散のための「外側の窓」。
- ブログ:自分の言葉と記録を蓄積していく「内側の部屋」。
この二つをうまく使い分けることが大事なんだろうと思います。
ただ、今回のように、
「何も悪いことをしていないのに、ある日突然すべてを失う」ということが実際に起きてしまう以上、
「どこに一番力を入れるべきか?」という優先順位だけは間違えたくない。
僕の場合、その答えは「ブログ」でした。
InstagramやFacebookは、これからも何かしらの形で付き合うかもしれません。
でも、そこはあくまで“サブ”であり、メインは自分のサイトでありたい。
アカウントBANされても、ブログは消えない。
そこに帰ってこれる場所があるだけで、精神的な安定感がまるで違います。
第9章:まとめ 〜「プラットフォームに人生を握られないために」
Instagramにアカウントを3回BANされ、
Metaアカウントセンター経由でFacebookまで巻き添えBANされた今回の出来事は、
正直かなりストレスフルな体験でした。
「何が悪いのかすら教えてくれないまま、静かに消される」というのは、
デジタルの話でありながら、どこか人間としての尊厳に触れる問題でもあるように感じます。
でも同時に、こうも思いました。
「ああ、やっぱりブログを育てておいて良かったな。」
プラットフォームに完全に依存するのではなく、
自分のペースで書いて、自分の裁量で残しておける場所。
そこがあるだけで、「BANされた」という事実に対する受け止め方も変わってきます。
もし今、同じように
- 突然SNSのアカウントを失った人
- 何が悪いのかわからないBANにモヤモヤしている人
- この先も発信を続けたいと思っている人
がいるなら、声を大にして言いたいです。
「ブログでも、サイトでもいいから、“自分の場所”をひとつ持っておこう。」
無料のサービスは便利だけれど、
いつまでもそこに居させてくれる保証はどこにもない。
でも、自分のドメインとサーバーで育てたブログは、
少なくとも「理由も教えずにあなたごと消す」なんてことはしてこない。
InstagramとFacebookにBANされて、僕が一番強く実感したのは、
そんな当たり前のことだったりします。
これからも、何が起きるかわからない世界で、
それでも細々と、新しいことに挑戦しながら、
「捌零式的挑戦体験記」をここに積み上げていこうと思います。

